グループホーム通信

年・月 出来事など
2003年12月 今までは、年末年始も一日おきくらいにサポーターが勤務していたけど、今年度からはしっかりと休んでもらうことになった。12/31〜1/4の5日間をメンバーだけで過ごすというのは初めて。女性メンバーは涼しい顔だが、問題は男性メンバー。ともかく食事をどうするかでパニックに。。
でも、「希望者には病院で三食出しますよ。」という話に、ようやく一安心。
2004年1月 という事で、2日に実家から予定より早く帰ってきたメンバーがいただけで、特に問題なく5日間はすぎた。振り返ってみると、むしろスタッフがいなくてのびのびとした様子である。正月に訪問したら、「正月なのでいい服着てました♪」とにこにこ出迎えてくれたメンバーも(^o^)
食事の心配がなければ、メンバーだけでもけっこうやれそうです!
1月 インフルエンザと感染性胃腸炎がGHにも蔓延。土日にかけ次々と熱を出すメンバーに、元気なメンバーもすっかりパニック。結局、事前に何度か話し合ったり申し合わせた緊急時の対処法は彼らの頭からきれいに抜け落ち、何度も病院に電話を入れたり、タクシーの電話番号さえ見失うほどのうろたえぶり。
休日の対処については、メンバーへの周知徹底を工夫する必要がありそうだ。
1月 作業所では、一部のメンバーが弁当持参で来ている。が、中には豪華版日の丸弁当(つまり、梅干しの数が多い)の人も・・・。スタッフは栄養バランスが気になるようだが、サポーターがおかず用にと前の晩の残りを準備しても詰めていかない。忘れているのか?それともそれで満足なのか?本人がこれではイケナイ、と思うまで待つべきか?スタッフ間の議論は続く。
しかし、とうとう山は動いた!メンバーが仲間に「ヒミツの特訓」をお願いしたのだ。でも、作ったのはそのときだけ。ま、卵焼きが食べたかったんだろうね。
2月 GHも作業所も、過保護状態だ。これは何とかそぎ落としたいが、スタッフにメンバーと接する時間があまりあるので、どうしても細かいところまで目が届いてしまうんだな。その場所にずっといると、どうしてもスタッフは専業主婦状態になってしまうんだと思う。しかし、昔から言われるように、この領域で求められる態度は母親より父親的態度だ。細々した出来事にそのたび振り回されておろおろするのは、疲れるだけなんだが。。。どうしようかな?
2月 昔、GHという制度が始まった頃は、「世話人は料理がうまくて世話好きの普通のおばちゃんがいい」と言われていた。しかし、本当にそうだろうか?普通のおばちゃんは良いとしても、サポーターは「お世話する人」ではないんだよ。「飯炊きおばさん」でもない。もちろん「管理人」でもない。出来ないところだけ補う、つまりサポートをする人だ。日中はもっとGHの外に出る時間が長くても良い。
2月 ということで、作業所やDCに顔を出すという半日勤務を作ってみた。本当は自分たちの判断で顔を出してもらいたいのだが、どうも、遠慮があって動けないようだ。また、フリー勤務日を入れた。その日は担当GHに縛られることなく、普段出来ないことを自分で企画を立てて行うというものだ。これを当分、やっていこうと思う。
3月 今年から、GHの自治会化をすすめようと、毎月合同ミーティングを行っている。しかし実際は、今まで好き勝手なことを良いながらもおんぶにだっこだったんだな。入居料の会計報告を毎月していても、その中身をきちんと把握していない。病院が適当に捻出してくれていると思っているようだ。実に依存的だ。そうさせてきたのが私たちだとしても、これは変えていかなければどうしようもなくなる。自分たちに関わるお金の流れを、きちんとわかるように提示していく必要性を痛感した。
3月 最近、自分の思いを短歌や俳句に詠むのが流行中。サポートセンターの掲示板は、うってつけの作品発表場所!それでは昨年の思い出より一句・・・「体重は思い出よりも増えている」
4月 今年もやって参りました!新年度鍋大会!!
歓送迎会&誕生祝い、「この一年頑張ったで賞」表彰式などなど・・・
会場となった「なごみの里」の夜は、にぎやかに老けていくのでありました。
5月 3つのGHとも、はっきり言ってかなりキタナイ。各自の部屋の管理はメンバーに任せているが、隠れタバコやら、ほこりまみれやら・・・、うるさいことは言いたくないが、限度というものがある。とうとう耐えきれなくなったスタッフの悲鳴!
「みんなぁ〜、掃除だ、掃除しろ〜〜〜っ!」
5月 如月の母が急逝した。精神医療や福祉に理解を示し、今までメンバーに「私が出来るボランティア」と言って、赤飯などを作っては差し入れてくれた人である。逝去の話を最後まで聞かずにあるメンバーが言い出した。「頼む、みんなの気持ちとして香典を1万円包んでくれ。」。。。ありがとう(/_;)
6月 昨年、体調不良者が続出して中止となったGH旅行。今年こそは!とメンバーの意気込みはすごい。が、具体的計画はなかなかまとまらない。まず、行き先がまっぷたつに割れた。せっかく割れたのだから、それぞれに行きたいところに行こう♪等というお気楽な担当者2名の声は届かない。メンバーは皆一緒に行動しなければイケナイ!という思いがサポーターとメンバーにある。さて、旅行の運命は???
7月 春先から調子をくじしていたメンバーが入院した。最大の原因は怠薬であった。このメンバーも服薬要注意だったが、入院するメンバーの過半数が怠薬というのは、あんまりだ。そしてやっとわかった。サポーターと他のスタッフとでは「服薬確認」に対する認識が違うと。。私たちは、目の前で薬を飲んでもらい、きちんと飲み下したかどうかを確認する。しかしサポーターは、本人の自己申告と薬の空き袋で確認していた。う〜ん。。。
8月 旅行の行き先は会津若松方面に決定。しかし、交通手段で割れた。くりこま高原駅から新幹線を利用するか、石越駅から仙台駅まで東北本線で行って仙台駅から新幹線に乗り換えるか。まあ、お金を取るか、時間をとるかという選択なんだけど、ここでまた、それぞれに好きなコースで行って合流しては?という案をスタッフから出してみる。・・・却下(涙)。スタッフがそれぞれについてもだめだという。皆、一緒じゃないと不安で仕方ないらしい。
9月 メンバーは、GH関係スタッフが全員一緒に行くと思いこんでいる。しかし、メンバー12名にスタッフ7〜8名?もちろん、スタッフが自分のお金でみんなと旅行を楽しむならそれでもいい。が、病院が仕事として交通費を出すスタッフは2名で沢山だ。「日頃お世話になっている人たちを招待したい。」というメンバー。「それじゃあ、自分たちでお金を出さないとおかしいよ。」如月は負けない。結局、担当PSWの旅費はみんなで出すから来て欲しい、という話がまとまった。
10月 GH作業所の理念を定め、メンバーに説明した。それ以来、「地域で生活する社会人としての常識で行動する。」といった言葉がGHではやっているらしい。。。(汗)。旅行の約束事を話し合うたび、この言葉がメンバーの口をついて出る。今年のGH流行語大賞になりそうだ(苦笑)・・・by理念制作者
10月 行ってきました!二泊三日の大旅行!!担当PSWが、行きの列車に旅行のしおりと傘を忘れるというチョンボにはじまる旅で、コイツに頼ってはいけない、とメンバーの覚悟は固まった。アルコールなしの宴会は、異様な盛り上がりを見せ、まもなく出産予定のサポーターを思い出して「孫」を熱唱するGさん。サポーターの名前を絶叫するCさん、野太い声で「おんぎゃあ」と泣くSさん。・・・ともかくすごかったらしい。彼らの思いはきっと天に通じ、元気は赤ちゃんが生まれることだろう。
何はともあれ、大成功!!!
10月 家庭の事情で、今月いっぱいで退職するサポーターがいる。
自分でメンバーに話すからと言っていたが、ぎりぎりまで言い出せず、残り一週間というところでようやく話を切り出した。
驚くメンバー。何とか自分たちで送別会をしたいと、秘密会議の連日だ。
今までの感謝の気持ちを表したいと、自分たちでお金を出し合い、日帰り温泉旅行に招待する計画を立て、実行した。みんな、成長したものです。
11月 サポーターの補充はせず、当分、専任サポーター不在の時は代理業務を行いながら更なる自立を目ざそうと、メンバーと理念を何度も読み返し、GH担当PSWが奮闘する。が、メンバーの身に付いた甘えはなかなか抜けない。掃除も食事の準備も、めんどくさがって(疲れてではない)PSWにさせようとする。
とうとうある日、PSWはキレた。。メンバーも少しは反省したようだ。
11月 サポーターの人数が減ったのを機に、授産施設の弁当作りの練習も兼ね、週2回、サポートセンター主催で夕食会を行うこととする。作るのは、もちろん、メンバーとスタッフ。食事を作れるようにというよりは、むしろ、自分で出来ることは自分でする、ということがねらいだ。最初は緊張していたメンバーも、だんだん慣れてきたようである。
12月 メンバーの中には、GH理念を暗記する人まで出てきた。
本気で独立した生活を目ざすなら、自分がこれからどのような姿勢で生きていくべきか、真剣に考えている様子。スタッフとのミーティングのあと、メンバー同士でこれからの生活について話し合うことが増えてきたようだ。
ミーティングと悩む力。べてるの家ではないが、これが大切なキーワードであることは確かだ、と思う。
12月 年末年始、昨年同様、サポーターにはびっしり休んでもらうことにする。
問題は食事だが、前回のようなパニックは全然起こらない。メンバー同士で話し合い、自分たちで年末年始の食事くらい何とかしよう、ということでまとまったそうだ。
皆、余裕の表情で、連日の忘年会をめいっぱい楽しみ、この年も暮れたのであった。
2005年1月 私にとっては恒例の、元旦GH回り。どのGHもサポーターの作り置きはなく、大晦日にみんなで買い出しに行ったそうだ。大雪の年末年始となっただけに、三食を病院に食べに行くよりも、GHで適当に食事をしながら寝正月♪が気楽そうである。私が今までみてきた中で、一番、のんびり、ゆったりしたGHのお正月であった。
1月 地域生活支援の福祉的部分を、そろそろサポートセンターに集めていく作業に入るのだが、問題は、厚労省の「グランドデザイン」だ。近い将来、現行法の変わる可能性が高い。スタッフにも、メンバーにも、少しずつ情報を流し、勉強してもらう必要がある。朝のミーティングなどで小出しに話をしていこうと思っている。
が、なかなか説明が難しい。。
2月 昨年10月、のぞみハイツに終日常駐していたサポーターが退職して以来、自分で出来ることは自分でしていこうと誓い合って3か月。以前のように何でもやってくれるサポーターが欲しい(それも自分専属の)というメンバーと、自分たちだけでも何とかなるという自信を身につけつつあるメンバーに二分された。が、サポーターにいて欲しいという人の最大の理由は、「自分がしないのに、他のメンバーが掃除したりしているのを観るのは心苦しいから、サポーターに以前のようにやってもらえれば、皆平等だ。」という考え。その気持ち、わからないではないが。。