ライフサポーターについて


1.ところで、どうして世話人をライフサポーターというのか
                           知ってますか?

  実は、ライフサポーターというのは、私たち独自の呼び名です。
  制度上の正式名称は「世話人」ですが、この名称は知的障害者のグループホームが先行して制度化
  された名残です。でも、精神障害者と知的障害者では必要なケアやサービスがいささか違います。
  メンバーは、適切な援助を得ることで社会生活を営むことが出来ます。時には介助が必要なこともあり
  ますが、必要最低限の援助であることが原則です。そして、「世話人」と言うと「何でもやってくれる人」
  を連想しますが、それでは保護的なイメージが強すぎます。メンバーもスタッフもそのイメージに縛られた
  行動をとってしまうとちょっと困ります。メンバーは子供ではありません。
  
  自己決定権
自己責任を備えた一つの人格として尊重された生活をおくってこそ、社会に参加して
  いるといえます。メンバーが人間としての尊厳を取り戻す為のお手伝いをする人材が必要でした。
  もちろん病院既存のスタッフもいますが、それとはまた違った意味合いを持つ人材を育成したいもので
  す。適当な名称をいろいろ考えましたが、日本語ではどうもピンと来るものが思いつかず、また、採用し
  たのが若い女性だった事もあり、カタカナ系のかっこいい呼び名にしたいと悩みました。
  結局、生活(生命)支援をする人と言う意味で、ライフサポーターと呼ぶことになったのが始まりです。


2.では、なぜ若いサポーターを採用したのでしょうか?

  県内の他のグループホームでは、基本的にあまり若くない「おばちゃん」をパートで雇うところが多いよ
  うです。(何歳をもって「おばちゃん」になるかはわかりませんが・・・・)
  これも「普通のおばちゃんで良いんです」という知的障害者グループホームの考えが元だと思います。
  もちろん、それで構わないし、特にこの「普通の」と言うあたりは捨てがたい魅力です。
  でも、どこのグループホームもおばちゃんばっかりになってしまうことはないと思いませんか?
  
  最初、石越病院のグループホームを立ち上げる時も、「おばちゃん」を探しました。でも、意外と難しい。
  結局、確かに家事は得意な方が良いけど、一番大切なのは「相手が誰であっても分け隔てなくその
  人格を尊重し、ごく自然にその人と接することができる」
ことではないでしょうか?
  
  新しいことを始めるにはそれなりの発想の転換が必要です。おそれを知らない勇気を持つ事も時には必
  要になります。それに、最初のメンバーが45歳〜63歳(当時)の女性だったので、かえって同年代では
  妙なライバル意識が生まれたり、自分と相手を比べて落ちこんだり、と言う事が懸念されました。
  また、グループホームは家庭的な共同体です。いろんな世代がいた方が家庭らしい感じがします。
  若い人は確かに荒削りで未熟ですが、反面、固定概念に支配されたり、病気に対する偏見を持ったり
  することがとても少ないのです。今は未熟でもいずれ成長します。私たちがきちんと方向性を示して導く
  ことができれば良いのです。
  人を育てるのはたいそう時間と労力を必要としますが、それをしてでも同じ夢や理想を共有できる人材
  を育てることが、将来的には絶対に役に立つし、また必要です。今あるグループホームの形で完結し
  ても良いのなら別に人材育成は必要ないでしょう。でも、どんなシステムでも、「これでいいのだ!」と
  言い切れるだけの自信はありません。だから、グループホームというシステムを進化させるために、よ
  りよい形を模索していくために、成長する若い人材がぜひとも必要である、と考えたのです。
  
  もちろん「おばちゃん」も必要です。経験は何者にも代え難い。だからパートをお願いして補っていま
  す。結局の所、この社会全体がごちゃ混ぜ(老若男女、健常者・障害者、お金のあるなしetc)の構造
  になっているんですから、生活支援をしていく方もごちゃ混ぜが良いんです。
  そうして、この社会というものの中で生きていく力を養っていくことが案外大切な気がします。。


3.とはいえ、やはりうまくはいかないもので・・・ 

   最初のサポーターは、若いだけにすべてが未熟でした。学校出たてですからそれは無理もありません。
  自信がなければ声も小さくなりがちです。礼儀正しくありたいと気を遣ってかえって変な日本語になったり
  しました。何とか期待に応えたいと、緊張のあまり頭の中が真っ白になったこともあります。肩に力が入り
  すぎていたのでしょう。

  一緒に生活していると共同体意識が生まれてくるものですが、私たちはどこかで冷静な目を持っていなけ
  ればいざというときの援助ができません。しかし、感受性が強いと言う事は、時として冷静な判断力を失わ
  せます。サポーターはメンバーの辛さを我がことのように苦しみ、悩み、かばい始めました。距離感がうま
  く保てず客観視できなくなってしまったのです。
  
  「全員平等に」「公平に」と言う思いが強かったのでしょう、メンバーの個別性に応じた対応を「特別扱い」と
  勘違いして、そのうち、集団でメンバーを動かすのが一番楽だと考えるようになっていきました。
  遊びたい盛りだったから、現任者として精神保健福祉士の資格をとるようすすめられても言葉を濁し、
  結局、精神保険福祉についてはほとんど勉強しませんでした。そして、サポーターの多くが、いつしか家事
  や料理に時間を費やし、本来の仕事を見失い、結局はライスサポーターに成り下がっていきました。
  これが普通なのかもしれません。私たちの認識が甘かったのだ、と反省しています。

  それでも私は思うのです。やはり若いスタッフが欲しい!
  そのためにも、志のある人材を捜したい!!
  だから、今度は地域生活を支える人材として、若いPSWたちを育てています。
  GH担当、作業所担当、DC担当・・・、GHだけだと視野が狭くなりやすい。でも、いろんな社会復帰施設や
  地域生活支援の体制が出来てくれば、きっと何かが変わるに違いない。

  私たちはこれからも、若いスタッフが成長することを願いながら、地域生活の基盤を整備していくつもりです。